訪問看護とスウェーデンハンドセラピー

訪問看護制度は1992年から実施されましたが、「住み慣れた家で過ごしたいと願いう患者本人や家族の意向」を実現するという意味において、今や在宅医療の最前線を担う訪問看護ステーションの役割は、ますます重要になってきています。
訪問看護で働くメリットとしては。
- 夜勤なし! 柔軟な働き方の職場が多い
- 日勤のみでも給与水準が高い
- 土日休みが多い
- 時代のニーズに合ったキャリアアップ
- じっくり向き合う看護ができる
…といろいろな魅力があるのですが…
しかし実際には、現在就業している看護師の総数の中では、訪問看護ステーションで働く看護師の割合はわずか 4%と非常に少なく、病院やクリニック勤務を希望する看護師が多い一方で、訪問看護ステーション志望の看護師は少ないという現状があります。
その理由として多く挙げられるのは…
- 訪問先ではあらゆる業務を一人でおこなう必要があること
- 緊急時対応の責任が重いこと。
- 利用者の家族や主治医・ケアマネジャーなどの関係者とのやり取りが多く、コミュニケーション力が求められること
などが挙げられます。
ところで、
2019年に、高齢者の介護の現場で働く職員を対象とした厚生労働省の調査の結果が公表されましたが、それによると、訪問介護職員の約50%がハラスメントを受けており、また精神的虐待を受けていた職員が80%以上もいたということです。
また、利用者の家族からのハラスメントも17%の職員が経験していました。
これらのハラスメントの多くは、大声や、人格、能力の否定といった精神的暴力から、殴る・蹴るといった身体的暴力までいろいろですが、こうした行為を高齢者が行ってしまうのは、加齢による認知機能の低下を原因として、感情が抑えにくくなっているからだと考えられています。
脳の中には、怒りの感情を作り出す「大脳辺縁系」と、その怒りを抑制する「前頭葉」という部位があり、前頭葉は、年齢とともに機能が低下してしまいます。
その機能の低下の結果、怒りを抑えようとする力が弱まり、感情が制御できなくなってしまうことがあります。
また、こうした脳機能の低下が起きた場合、記憶力や聴力が落ちるケースも多くあるため、他人の話が理解しにくくなってしまい、介護を受ける高齢者のさらなる怒りを生んでしまうという専門家による指摘もあります。
もちろん、これは認知症状のある高齢者のすべてに起こる現象ではありませんが、こうした兆候は、認知症の前段階である軽度認知障害を持つ高齢者にも見受けられます。
こうした高齢者からのハラスメントに、介護職員側が取れる対策として、「ハンドセラピー」に注目が集まりました。
患者の治療においてハンドセラピーが有効であることは、ハンドセラピー発祥の地であるスウェーデンの医療や福祉の現場で実証済みです。
疾患の治療をするというよりも、ハンドセラピーによって患者に安心感を与え、痛みを和らげる効果で、心と体の癒しが得られ、患者からの満足感が増すからです。
マッサージのように揉んだり押したりするのではなく、ケアを受ける人に手を当てて、撫でるように動かすこのハンドセラピーは、脳の視床下部という部位からオキシトシンというホルモンの分泌を促す作用があります。
このオキシトシンは、愛情ホルモン、幸せホルモンとも呼ばれるもので、安心や親近感、信頼感などを形成する働きがあるのです。
そのため、このハンドセラピーは、認知症の方の不安をはじめとした周辺症状を和らげる効果があるとして、医療施設や介護施設で取り入れられつつあります。
実際、
食事や栄養管理、口腔ケア、排泄ケア、体位交換などのサポートという日常生活の看護や支援の場では、時によっては利用者が非協力的で、必要以上の時間がかかるものです。
そんな場面で、
「ハンドセラピーを施術してから、利用者が好意的に対応してくれて、仕事が捗るようになった」という声が多くなりました。
ハンドセラピーをすることで、看護師や介護職員に対する親近感や信頼感が得られ、安心してケアを受け入れることが容易になるわけです。
ハンドセラピーに要する時間は背中の場合10分ですから、その10分がその後の看護や介護の仕事をスムーズに行い、お互いに良い関係性も作れることにつながります。
また、
病院という環境というものは、往々にして構造的に新しいものが導入されるということは中々難しいものがありますが、訪問看護という場では、ハンドセラピーのような手法が、訪問看護師の判断で容易にできるというメリットがあります。
このことは、もしかしてハンドセラピーの恩恵を一番受けるのは、ケアを提供する訪問看護師とケアを受ける利用者であると言っても過言ではありませんし、実際、訪問看護ステーションは、ハンドセラピーが最も有効に使える現場であるといえます。
コロナ禍が訪問看護ステーション運営へ及ぼす影響
このように、在宅医療における訪問看護の必要性は高まってはいるものの、一方で、現実には訪問看護ステーションは小規模で経営基盤の脆弱な事業所が多く、サービスの持続的な提供に課題があるといわれてきました。
そして、そのような状況の中でコロナ禍が生じたことにより、感染防止の観点から、利用者の利用自粛や訪問看護ステーション側のサービス制限が行われており、さらに経営を圧迫しているというのが現状のようです。
事業継続が難しい訪問看護ステーションが増えるということは、在宅医療という観点でみると社会的にも大きなマイナスです。
そのために、行政からの支援は不可欠であると共に、現場においても、この波乱の時期を「変革」の好機と捉えて、ICTの活用、地域内ネットワーク構築などに加え、「いかに利用者に満足してもらえるか?」というソフト面においても、利用者の期待に応える対応を探っていかなければなりません。
以前から、訪問看護の現場ではハンドセラピーが有効なケアの一つとして注目を集めていましたが、今後訪問看護サービスを持続的に、また効果的に運営していくために、より多くの訪問看護師の方がハンドセラピーの手法を習得して、現場で生かして頂きたいものです。